
京扇子絵付体験
地域の中学校のイベントで祇園にある舞扇堂という京扇子のお店にて絵付体験をしました!
参加者は私、ダイキ、ナツの3人。

こちらのお店では絵付体験が、2種類あって、もうほとんど仕立てあがってある扇子に書く絵付けと、仕立て前の扇子紙に絵付けをするのがあります。
今回私達はすぐ持ち帰られるほとんど仕立てあがっているコースとなりました。
した手前の扇子紙に絵付けをするほうは、紙のデコボコが無くて描きやすいのですが、出来上がるまでに一ヵ月半近くかかってしまうので、今の時期、使いたいときに使えない、となるので注意!
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| お店の2階で絵付体験が出来ます。 | 半仕立て上がりの白紙がこれです。 これに直接絵を描いていくのです。 |
京扇子について
京扇子の歴史は平安時代初期に当時の筆記用具に代えて使用されていた木簡から派生し、京都で作られたのが始まりです。
紙が非常に貴重であった当時、さまざまなことを記録する木簡はその記録用として何枚も閉じ合わせる必要があり、それが最初の扇「桧扇(ひおうぎ)」を生み出しました。
現存する最古の扇は元禄元年(877年)と記された京都東寺の先手観音像の腕の中から発見された桧扇です。
桧扇に次いで「蝙蝠扇(かわほりせん・広げた形がコウモリの羽に似ている)」という片面に扇面紙を貼った紙の扇子が作られ、最初は扇骨(竹の部分)の数も5本ぐらいでした。
平安時代には扇子は朝廷・貴族の遊芸用か、僧侶・神職の儀式用として使用され一般の使用は禁止されていました。
鎌倉時代には日本の扇は中国に渡り、室町時代にそれは中国の変化を受け、唐扇として日本に逆輸入されました。
それまでの日本の扇は、片面だけに扇紙を貼っていましたが、唐扇では両面に扇紙が貼ってあり、日本でもそれにならった両面貼りの扇が作られるようになりました。
このころには、扇子は庶民の使用が許可され、武家文化などの影響で、能、演劇、茶道にも取り入れられ、広く用いられるようになりました。
江戸時代には扇子作りは、冠・烏帽子(えぼし)づくりと共に「京の三職」として官の保護を受けるほどの重要な産業となり、扇子は広く庶民の日常生活に普及し、必需品となりました。
京扇子はその後も発展を続け、江戸後期には海外市場を確立するまでに拡がりました。
その後、貿易扇輸出は大正時代中期まで盛んに行われていましたが、現在はほとんど国内での市場に限られており、国内の扇子の生産高の約9割を京扇子が占めています。(舞扇堂絵付教室より)
さて、いよいよ絵付けに入ります。絵柄見本が結構ありますので、安心して絵付が出来ます!
絵柄を決めたら、いきなり絵の具で絵を描き始めます。
エンピツとかで下書きをすると絵の具を塗った後、エンピツの線が消えないのでできるだけ絵の具でいきなり書き始めてください、とのこと。
初めの一歩がなかなか踏み出せないでいると、さすが小学生。いきなりガンガン書いていきます。
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絵柄を見ながら震える手で描いていきます。思ったほど上手くかけない・・。
「大人は欲があるからだめなんだ」と他の大人が言っていました。確かにヤツらの絵には欲はありませんでした。大胆というか、あとから使うこと考えてないというか・・(笑)
と、なんとか絵付完成です。これから「要打ち」という作業に入ります。持ち手の部分に金具がありますよね?あれが「要(かなめ)」というもので、「肝心要」の「要」はここから来ているんですね。
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| ドライヤーでぶお〜んと、乾かします。 | 「扇を畳んで・・・・・ | |
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| 「要」を打ち込みます。 | ハイ、出来上がり! | なんか、それらしく見えませんか? |
| 大体ここまでの作業で1時間半で出来上がりました。まぁ、絵は欲張れば欲張るほど時間がかかるだけの話なのでした。 | ||
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| こんな絵柄も良いかもしれない。 | ||
舞扇堂 http://maisendo.co.jp/
※今回は祇園店におじゃましました。
楽天通販ショップ http://www.rakuten.co.jp/maisendo/